ハルト式義歯装置製作法の経済的、臨床的有用性
1.はじめに
「ゆく川の流れは絶えずして、しかも元の水にあらず」古の世捨て人が綴ったこの言葉通り、私的な解釈では、わが師の教えを具現化している限り、私と同時にその製作法にて製作した義歯装置も変化し続けている。
その現在形をお伝えする。
本誌2022年6月号および11月号に掲載された「最低限必要な機能を有した義歯の製作についての考察その1・部分床義歯編および、その2・総義歯編」これらによりハルト式義歯装置製作法の基本概念をお伝えした。
今回三度目となる発表の機会を得られたので、その臨床編とすべく実際に保険診療の現場でいかにハルト式義歯装置製作法が技工サイド、チェアサイド双方にとって有益であるかを伝える。
2.保険適応義歯装置を取り巻く状況
前回の発表より3年の月日が過ぎ去り保険適用義歯装置(以降保険義歯と表記する)を取り巻く状況もかなり変化した。最も顕著に変化したのは保険義歯の製作を担う歯科技工士数の減少である。
2020年には34,826人であったものが、2022年には32,942人、2024年に至っては31,733人となっている。

高齢を理由に引退される歯科技工士の中で保険義歯を担当されていた方々は少なくないと想像する。もはや保険義歯難民は相当数出現していると思われる。
この保険義歯担当歯科技工士不足の最大の原因は経済問題である。真っ当な対価が得られないから、その労苦に見合わない待遇だから次世代が入ってこないのである。
保険が儲からないのであれば勉強して自費のみでやればよいと発言する方を時折見かける。問題は補綴物全体の9割を占めると言われる保険適応補綴物なのである。
1割しかない自費の分野に全員が参入することは不可能である。
ましてや9割の保険でしか治療を受けられない方を放置するのであろうか。
自費の仕事は大手から順にその席を取っていく、そのようにあらゆる補綴物が採算性の高い順に納まっていき最後に最も採算性の低い保険義歯が残る。
しかも資料によると2020年を境に有床義歯の算定回数は増加に転じている。

このような状況下で大手の中には保険義歯の新規受注をストップしている所さえあると聞く。
では誰が保険義歯製作を担当しているのか。
それは全技工所数のうち約70%を占めるワンマンラボである。

この悲惨な現状を打破するカギを握っているのは保険義歯の製作を担当してくださっているワンマンラボの歯科技工士諸氏の現状を改善すること以外に無いと確信する。
ではどのようにすれば良いのか。まず、保険義歯製作で最も非効率な工程を把握することが重要である。部分床義歯では鋳造による維持装置の製作が大きな課題だが、この工程を屈曲による維持装置製作に変えるだけで効率が大幅に向上する。次章で具体例を紹介する
鋳造法と屈曲法の比較
先ずは「鋳造による維持装置製作」にかかる時間である、サンプルに下顎の両側遊離端欠損で検証してみる。
模型が届いたところからスタートし、リンガルバー1本とエーカスクラスプを2本コバルトクロム合金で鋳造し製作するのに如何ほどの時間を要するのかデンチャーラボの3氏に伺った、平均すると約3時間30分であった(鋳造後徐冷無し)。
一方ワイヤーの屈曲法にて維持装置を製作した筆者が要した時間は45分であった。この差は大きい。確かに鋳造製の方が保険点数は高いので売上額の差はかなり開く。
製作時間の試算に協力いただいた福岡の安仲デンタルラボラトリーの安仲氏に売り上げと経費の試算も協力いただいた。これによると売上金額は11,500円、経費金額(材料など)は4,600円になった。
一方屈曲製の売上金額は5,480円、経費金額は400円であった。
つまり、鋳造製の粗利は3時間30分かけて6,900円。
屈曲製の粗利は45分で5,080円であった。
これを時給換算すると鋳造製1,971円、屈曲製6,773円となりその差は3倍以上もある。
鋳造製の維持装置を用いた従来法の物に対して屈曲法を用いる義歯装置、この場合は「ハルト式義歯装置」である。これをここで保険義歯を念頭に定義する。
ハルト式義歯装置とは、我が師「市波ハルト氏」より受けた教えを私的解釈にて義歯装置を製作する方法である。この呼称を用いるためには以下の様な条件が必要となる。
1. 印象採得は可能な限り全顎で行う
2. 使用する模型用石膏は使用する重合システム専用の物を使用する
3. 着脱方向はクラスプのためにアンダーカットを創出する角度ではなく患者が着脱しやすい方向に設定する
4. ブロックアウトは石膏で行う
5. 作業模型及び対合歯模型はハルト式模型診断を行いハルト式模型調整法にてトリミングする(ハルト式模型診断法及びハルト式模型調整法については前述の2本の論文を参照のこと)
6. 使用する咬合器はボンウィル三角の数値に近しい大きさを有し、切歯指導釘と可能であれば切歯指導標を装備した平均値咬合器とする
7. 上顎模型の基底面をフランクフルト水平面と平行になるようにトリミングしそれを咬合器の上弓と平行になるように装着する、その際に咬合器の正中と模型の正中を一致させる(自然頭位でのマウント)8. 維持装置は屈曲製で製作する。その際、使用するワイヤーは1.0mmの歯科用コバルトクロム合金線を用いる(場合によって0.9mm、0.8mmを使い分ける)。頬側腕のみで舌側にアームは着けないレジンプレートのみである
9. 基本的にレストは付けない
10. 大連結子も屈曲法にて作製する。その際可能な限り床内に埋入する
11. 重合システムは精密重合型を使用する(筆者はDSデンチャーシステムSクラスを使用)
12. 使用する人工歯はレジン歯を使用する
4.結果
鋳造法は屈曲法と比較して約4.6倍の作業時間を要し3分の1に満たない粗利しか得られないということになる。
さらに設備投資が必要となる、安仲デンタルラボラトリーの場合、鋳造機、リングファーネス(3台)、電解研磨機などを導入した為これに400万円以上の費用が掛かっている。
一方屈曲製の私の場合はバーベンダー2本、捻転鉗子2本、プライヤー3本、ニッパー1本で総額10万円程度である。

これらを計上すればその差は更に広がるであろう。この数字の差が状況改善のカギになると確信する。
5.考察
では、何故世に出回る保険義歯に鋳造製維持装置を用いるケースが多いと思われるのであろうか。
これの最大要因は製作点数の差であると考える、第2章で示したようにその点数差は大きい。
その為に重大なことが見落とされている。
それは患者にとって真に利益となっているか。という視点である。
1点でも多く点数を稼ぐために鈎歯になる歯には全て維持装置を付ける。
担当歯科技工士は少しでも作業効率を上げるために大連結子と鋳造鉤をワンピース化して鋳造する。
このようにして作製された維持装置は極端に適合が悪い。

時折この説に異論を唱える方がいるがその方々は保険義歯用に製作されたワンピースキャストのコバルトクロム合金製の維持装置をご自身の口腔内に試適したことが無い方であろう。
1度でよいからご自身の口腔内で体験すべきである。
筆者は自身が製作した白金加金製のキャストクラスプを30年間自身の口腔内に装着し実験した。
最も条件の良い白金加金製ですらあのように辛いのだからコバルトクロム合金製でしかもワンピースキャストならば考えるのもおぞましい。

安仲氏は鋳造製維持装置に絶大な自信を持たれていて取引先のDrにも評判がよく料金も相当な価格を請求している。
しかし、残念ながら30年近いキャリアの中で自身が製作したものを自身の口腔内に一度も試適したことが無かった。
私の説得に応じ今回初の体験を行った。その時の感想がこのようなものであった。

安仲氏の鋳造製維持装置の模型への適合はまったく問題は無く、むしろ良好である。
そうであるがゆえに事態は複雑なのである。
安仲氏は更に取引先の久木田賢司氏の試適用装置を製作し試適していただいた。
その際の感想は以下のようなものであった。

前述(fig.5)この様な適合の悪い鋳造製維持装置を装備した義歯装置を患者の口腔内にセットするのは至難の業であり、当然セット時にチェアータイムが余計にかかる。
正確に装着できるはずもなく時間切れで未完のままその日のアポイントは終了する。
そのような患者さんは具合が悪いので何度も再来院し、虚しくチェアータイムだけが浪費される。
挙句の果てには「できることはやったのでこれで様子を見てください」と言い渡される方もいる。
これでは保険義歯が使えないと言われるのも仕方がない状況である。
このような酷い状況が全国至る所で繰り返されているのが「保険義歯はレベルが低い仕事」と一部の自費専門家から卑下される所以である。
これは患者、歯科医師、歯科技工士、保険料を負担されるすべての方々にとって誠に不幸な状況ではないか。
ではどうすればこの状況を改善できるのかを考える。
私が察するには保険義歯製作担当歯科技工士の時間を奪いコスパを下げている「鋳造製維持装置」を内蔵した従来の義歯製作法を「ハルト式義歯装置製作法」に変えることである。
そうすれば、完成した保険義歯を患者にセットする際に生じているチェアータイムの喪失や不必要な再診療による義歯調整の回数を削減できる。
誰が行っても同じ結果を得ることができる方法や手段を「科学(サイエンス)」と呼ぶのであればハルト式義歯製作法はまさに科学である。
私の主宰する「ハルト式研究会」のメンバーである安仲デンタルラボラトリーの安仲徹氏と太田歯科医院の太田博見氏、くきた歯科クリニックの久木田賢司氏の3名の方が連携し鋳造製維持装置を内蔵した従来法の保険義歯製作法を、屈曲製維持装置を内蔵した「ハルト式義歯製作法」に置換された。
その結果は十分効果が出たといえるものになった。
先ずは1時間単価が1,971円しかなかった安仲氏の時間単価が6,773円となり太田氏、久木田氏に至ってはチェアータイムも軒並み削減された。
それのみならず、久木田氏の場合約10%であった利益が20%ほどに増えたという。

太田氏によれば「ハルト式義歯製作法」に置換したところ削減されたチェアータイムを他の診療に使えるのでその効果は計り知れないとのコメントをされている。

また、鏑木歯科の鏑木萌氏とは歯科医師になられて以来、その保険義歯を私が担当させていただいている。
僅か5年のキャリアだが非常に成功率の高い義歯治療をされている歯科医師である。
都内の医療法人勤務を経て現在は実家の鏑木歯科を支えておられる。
その鏑木氏も技工料金が高くてもセット時に時間がかからない、調整が少なく再診療の回数が少ないのは非常に歯科医院にとっても患者にとってもメリットがあるとコメントされている。

このように従来法の鋳造製維持装置を装備した保険義歯製作法を、コバルトクロム合金製屈曲維持装置を装備した「ハルト式義歯装置製作法」に置換した時に生じる技工サイドの変化を見る。
製作担当歯科技工士の作業時間が短縮され、時間あたりの粗利が増加し尚且つ商品価値も上がるのである。
もう一方のチェアサイドを見てみると、トータルのチェアータイムが軽減され大幅に経費が削減される。
患者受けが良くなり口コミによる新規患者数が増加する。
このように利益を受けるのは歯科技工士、歯科医師だけではない。
チェアータイムの軽減によりゆとりが生まれ診療業務がスムーズになるという理由で歯科医院スタッフにも好評なのである。
「ハルト式保険義歯」の技工料金は確かに一般のそれと比較しても高い、最も高いのは上下総義歯であるがそれでも一般的なものとの差はわずか数千円である。
歯科医院サイドから観てその数千円の投資がその数倍の利益を生むのである。
この部分を理解されていない方が歯科技工士、歯科医師両方に存在するのは非常に残念なことである。
この点にいち早く気付き実践されている方はまだ少ないと考える。
まだ実践されていない方は今が絶好機と気づいて頂きたい。
昨今歯科技工士不足に関する問題を取り上げるマスコミが以前よりは増加した。
歯科技工士不足に危機感を抱いた一部の歯科医師が歯科技工士の窮状を改善すべくいろいろ発信されている。
そのほとんどが保険義歯に生活を託すべきではない、早々に自費に移行すべきと説く。
中には自社のメソッドを採用すれば即自費に移行できるのでセミナーを受講するように勧誘するものもある。
直近で私も勧誘を受けたワンデイセミナーの参加費は220,000円と超高額であった。
果たしてそんなに簡単に自費の仕事が受注できるのであろうか。
甚だ疑問である。そんなことをしなくても「ハルト式保険義歯製作法」を採用することで保険義歯中心の営業形態のまま事態を改善させる可能性がある。
しかも、この変革には設備投資が極少額で済むというメリットがあり、維持装置の製作法を変える際の投資程度である(プライヤー類の購入)。
2025年6月1日にMBSニュースYahooニュース共同企画により「『時給600円』『異常な低賃金』・・・入れ歯作る歯科技工士がなり手不足のピンチ 過酷な勤務実態」という報道記事が配信された。
当該記事の内容に偏りがあり業界の実態を正確に伝える報道として看過できないものであることから(公社)日本歯科技工士会、全国歯科技工士教育協議会(一社)日本歯科技工所協会は3団体連盟で申し入れ書を送付したそうである。
記事に対する矛盾点の整理が日本歯科技工士会ホームページに記載されており、確かに言われるとおりではあるが筆者は違う視点でこの件を観ている。

取材対象の歯科技工士が研磨しているのは鋳造製維持装置を装備した保険義歯であり、観たところ咬合接触点も印記され丁寧に作られているようである。
ここにこそ問題の本質があると筆者は考える。
これをハルト式義歯製作法に置換すればもっと楽になるのに気の毒なことだと痛感する。
この担当歯科技工士は患者さんの為と思い懸命に手間を惜しまず向き合っているのだと思うがベクトルがずれている。早期に修正されることを祈念する。
この記事に対して一部のデジタル技工士の方が「チャンスしかない業界なのに何を言っているの。」と異議を唱えていたのを記憶している。
その部分には大いに賛同する。まさに今保険義歯の世界はチャンスに満ち溢れている。
今や日本国民の寿命は100年時代と言われるまでになった。
前述したが資料によると2020年を境に有床義歯の算定回数は増加に転じている。
それとは反比例するように保険義歯を製作できる歯科技工士数は減少の一途をたどっている。
保険義歯を製作できる歯科技工士にとって現状はまさに「ブルーオーシャン:競争が少ない新しい市場」である。

我々の場合正確に述べるなら「競争が少ない古くて新しい市場」である。
ただし、そこに行けるのは鋳造製維持装置という重い鎖を断ち切った者たちだけである。
その鎖を付けたままでは早晩沈みゆくのは避けられないであろう。
これらの事柄を理解した歯科医院がハルト式義歯製作法にて作製される保険義歯を歯科技工所に発注すれば最も利益を受けるのは患者である。
それは「最低限必要な機能を回復」されることである。
特に経口摂食に支障をきたしていた患者がそれを改善すると爆発的に全身に好影響が及ぶ。
口腔内フレイルが改善され、それに伴い全身のフレイルが改善されると想像できる。
それは要介護度が進むのを遅らせる若しくは改善させることになる。
これは介護保険料の節減に直結する。健康保険料も然りである。
これは歯科技工士、歯科医師、歯科医院スタッフといった歯科界という狭い枠を超えて国民全体の利益に資するのである。
「最低限必要な機能を有した義歯装置」を供給できないと確実に介護保険料を含めた社会保障費が増加する。
行政サイド特に保険義歯の製作点数を決定している方々はこの事実を真摯に自覚し受け入れるべきである。
早急に維持管理に関する保険点数を新設し、それを全て歯科医師の方々に取っていただく。
現状の製作点数を100%歯科技工士に支払う仕組みを作るべきである。
コロナ禍時に約77兆円の予算を使えたのであれば、維持管理料の新設など比べようもないくらい微々たるものである。
時折、保険技工物について現時点の3倍の対価をもらうのがあるべき姿であるという意見を聞く。
確かにそうかもしれない。
ただし、それは保険技工物である以上「最低限必要な機能を有した補綴装置」である必要がある。
その条件を満たす装置を作れることが、そのような発言をする最低限の資格と考える。
現状どれくらいの方がそのような装置を作れるのであろうか興味深い。
要求に見合う仕事が出来ているか。と常に自問する筆者である。
5.おわりに
令和3年から継続的に8回行われてきた歯科技工士の人材確保対策事業、単一年度の補助金額が15,752,000円(上限額)8年間合計で126,016,000円の公費を使って開催された。
顛末をご覧になった方々も相当いると察する。
あれが1億円以上も公費を使ってなされるべきことなのか。
未だに理解できないでいる。
筆者は技工士会においては最末端の立場の者ではあるが、真剣に歯科技工士の人材確保事業を毎年継続している。
それは保険義歯を作ることを生業とするが故に送ることができる。
経済的に裕福ではないが、人生的に豊かな暮らしの様子を発信することである。
筆者が暮らすのは三重県の南部、温暖な気候に恵まれ山も海もある、子育てに最適な土地である。

食育を念頭に始めた家庭菜園も最盛期には300坪を超えた。
無垢の木と漆喰で出来た庭付き一戸建ても手に入れた。
冬は薪ストーブで暖を取り、夏は渓流で鮎を追う。

毎週末は小学生を対象としたフットサルクラブを主宰している。
PTAの会長も地域自治会の区長も拝命した。
地域に根差したかかり付け歯科技工士である。
このように暮らすのに保険義歯を作ることを生業にするのはとても都合が良い。
納期さえ守ればどのように時間を使ってもよいのである。
2人の娘を育てたが授業参観をはじめとした学校行事は全て参加できた。
これはかけがえのない財産である。

この様に暮らせる素晴らしい環境である。
それが故に超高齢過疎化の進んだ地域でもある。
毎年数%ずつ人口が減っている。
高齢化率が高いので保険義歯の需要は多いとはいえ、開業以来10年で人口18,626人から12,841人へと5,785人(約32%)も減少した。
ビジネスとしては相当厳しい縮小傾向である。
しかし、「最低限必要な機能を有した義歯装置」を提供できる私は問題ないのである。

これは神奈川県のおおかめ歯科クリニック大亀先生から頂いたメッセージである。
歯科技工は芸術作品や趣味のクラフト造りでは無い。
人体の一部を喪失してしまった患者のそれを代替する装置を製作する職業である。
己が創造した装置により失われた機能を回復された方に喜んでいただく。
そのお礼として 対価を頂く。
こんなやりがいのある職種は稀である。
しかも有床義歯の患者は欠損部が大きい。
その最たるものは上下顎の総義歯である。
近年、8020運動の影響でその数は減少傾向にあるが当地ではまだある。
これこそ「無」から「有」を創造する究極の補綴物製作であると考える。
この治療が上手く行き感謝の言葉を担当医並びに患者から頂いた時の喜びと充実感は他の物に代え難い。
稼いだ金額より充実感を求める「ものつくり」が好きな次世代の若者に是非この素晴らしい「歯科技工士」という職業を知ってもらいたいと切に願う。
2025年9月4日に三和書籍より刊行された塩田芳亨著「入れ歯で、命が変わる」の中で鏑木歯科の鏑木萌氏との仕事の様子を紹介していただいた。
著者の塩田氏は医療ジャーナリストであり不良保険義歯の被害者でもある。
この保険義歯を取り巻く状況を変えたいとの一念でこの書籍を発行された。
塩田氏は言う、真っ当な仕事をしている方が報われないのは放置できないと訴える。
弊社の取引先は本書巻末の「全国の信頼できる歯科医リスト」に全て掲載された。
この状況を変えるのはもはや歯科界以外の力に頼るしかないと考える。

それを実行すべく私は患者向けに自社のホームページを立ち上げ発信している。
実際患者からの問い合わせはある。
今後もこの活動は継続し出来れば拡張していく。
その副産物として他地域からの受注が増えた。
人口減少に伴う地元歯科医院からの受注減少分は遠く関東の歯科医院からの受注で相殺されたのである。
「最低限必要な機能を有した義歯装置」の需要は開業以来年々高まっている。
東京都内の歯科医院であれば本日の18時に発送すれば翌日の正午には到着する。
物理的距離を感じない時間的距離感である。
これは大阪名古屋でも同じなので3大都市がマーケットであることを意味する。
保険義歯で1日2床と咬合床2床を作ることで暮らしている。
勿論フルタイムの夫婦共働きである。
共働きである以上家事も応分に負担する。
現在家事が出来ることは夫、父親の必須条件である。
地元の取引先は徒歩5分圏内にありその他は宅配で事足りる。
複数の取引先が近くに無いが故に集荷配達業務を外部委託できるのである。
これはかなり効率化に貢献している要素である。
このようにもはや保険義歯をメインの商品とする個人経営の歯科技工所は開業する場所を選ばないのである。
宅配便さえ使える土地であればどこでも開業できる。
その選択をする際に経営コスト生活コストを低く抑えることができる場所を選択できるのである。
前述の安仲デンタルラボラトリーは博多にある技工所のテナント家賃は2台分の駐車場代込みで月75,000円である。
一方三重県の南部過疎地にある西田歯科技工所は車2台分の駐車場代込み18,000円で済んでいる。
これはほんの一例であってその他諸々その差は大きい。
「使わないのも儲けのうち」これは師匠に言われた言葉であるが最近実に心に響く。
開業権、これは我々歯科技工士が持っている特権である。
歯科技工士免許は自らの人生を豊かにするための有用なツールであり「最低限必要な機能を有した保険義歯」を供給することは他人の人生をも豊かに出来る。
今回論文という形で改めて己の仕事と向き合う機会を得て、「ハルト式義歯装置製作法の経済的、臨床的有用性」この素晴らしい事実を認識した。
今後は広く次世代にこの内容を伝えたい。
6.謝辞
稿を終えるにあたり、今回の発表に多大なる協力を頂いたハルト式研究会のメンバーに感謝申し上げる。
参考文献
1)塩田芳享著「入れ歯で、命が変わる」高橋考発行:三和書籍190頁-195頁