paper

研究論文

私的解釈によるハルト式義歯製作法 その1・部分床義歯編

1. はじめに 

2020年に日本歯科技工士会会員限定の学びグループ『コネクト』に参加し、管理者の佐野隆一先生の計らいでオンライン勉強会にてプレゼンをさせていただいた。今回はその時の内容の一部を掘り下げ、紹介したいと思う。紙面の都合上今回は部分床義歯編とし、全部床義歯編は次の機会に紹介できればと思う。

35年前、技工士学校卒業直後に市波治人先生に師事して以来現在に至るまで師の教えである「来院時の顎位を極力変えない技工」、その追求に日々努力している。当時はメタルボンドによる無計画な審美補綴によって体を壊してしまった患者さんに幾度となく出会い、咬合を習得するまでは顎位を大きく変える補綴装置は作れないと痛感する日々だった。

そのような時期に市波先生より「出来るようになるまでは、患者さんが後戻り可能な義歯を作りながら生計を立てその時に備えなさい」という教えをいただいた。以来現在に至るまでその時のための準備は続いている。

今回は私が日々製作している保険の部分床義歯製作法を紹介する。

2. 一連の製作方法

作業模型製作 

(1)石膏注入

歯科医院内で製作された場合は、模型の損傷がないか確認後、次の工程に移る。シリコーン印象で石膏未注入の状態で受注した場合は簡易的なボクシングを施し歯科用硬質石膏(ニューラシオストーン、オーディック株式会社)を注入し作業模型を製作する。この際、既定の混水比を厳守して作業する。混水比が大きすぎると後の工程、(DSデンチャシステムSクラス)稼働時に大きな支障を来すので要注意である。

(2)規格模型製作

ハルト式模型診断による各基準点に基づいた模型調整を施す。ポイントは口蓋正中縫線と模型後縁が直交するようにトリミングすること。上顎模型基底面と口蓋骨(fig.1)の水平板を平行にトリミングすること。

fig.1(Wikipediaより)

この基底面が平均値咬合器への装着時の基準となる。この口蓋骨の水平板を基準にした模型調整が本術式の要である。歯槽骨や歯槽頂を基準にしてしまうと(fig.2)のような場合大きなミスに繋がってしまう。変化が起き易い粘膜部に惑わされる事なく、その内部にある骨を想像し模型を調整することが大切である。

fig.2(咬合採得前と咬合採得後)

下顎模型の基底面は中切歯根尖相当部と第2小臼歯根尖相当部が平行になるようにトリミングする。

(3)着脱方向の決定 

この工程のポイントは上下顎でその方向が少し異なる事である。上顎は近心方向から下顎は若干遠心気味に設定することにある。

部分床義歯製作の場合、この工程でほぼ勝敗が決すると思われる重要な要素である。最も大切なのはセット時ほぼ無調整で口腔内に収まることである。保険診療の場合、与えられた時間は極僅かしか無く容易な着脱を必須とする。理想はスッと入りパチンと止まるである.その為には残存歯部、粘膜部ともサベイイングしてアンダーカット部は全て歯科用硬質石膏(ボンディングストーン、吉野石膏販売株式会社)にてブロックアウトすることが絶対条件である(fig.3)。

fig.3

この材料の選択は脱蝋作業時のブロックアウト石膏の剥離を防ぐために有効である。基本的に部分床義歯も総義歯も着脱方向を決定したら、アンダーカット部は全てブロックアウトする。鉤歯の指示があった歯牙の鈎尖部のみクラスプ製作時にブロックアウトした石膏を除去する。アンダーカットの無い鉤歯以外はクラスプが鉤歯と接触するのは1mm~2mm程度があれば充分である。鈎尖が義歯床内に入る場合はその部分を石膏でコーティングし、研磨時にそれを除去し、鉤腕部の可動域を確保する。

fig.4

私は自身の口腔内に市波先生監修のもと製作した部分的メタルスプリントを装着している。これは上顎右側の犬歯ガイドと第1小臼歯の機能咬頭を再現したものである。白金加金製の着脱式装置で鋳造鈎を装備しているので、日々クラスプの装着感を体感している(fig.5) 。

fig.5

その経験から鑑み、世間にあまた存在するクラスプ未装着者の製作するクラスプは維持が過剰である。義歯製作において設計は担当医の仕事であるが、助言を求められた場合は次のことを心掛けている。「鉤歯単体の維持ではなく。片顎単位での維持を考える」 

部分床義歯を製作する際に片顎で3本以上のクラスプを製作する指示が出た場合はメインを2本設定し適切な維持力を付与する、残りのクラスプは維持力をあまり持たさないようにする。

咬合床製作

(1)基礎床製作

この工程の必須条件は基礎床がある程度の強度を有することである、よって、基礎床は歯科印象用トレイレジン(松風トレイレジンⅡ、株式会社松風)にて作製する。

(2)上顎咬合床の製作

全部床義歯や前歯を含む欠損部が大きい部分床義歯の場合は市波治人先生より頂いた蝋堤のコピーを使用する。この際、人工歯配列時の効率を上げるために蝋堤部は人工歯と同じ容量にしておく。上顎前歯切縁の位置は切歯乳頭二分の一より約10mm前方の位置で、高さは齦頬移行部、中切歯歯根先相当部より約22mm(患者さんの性別年齢体格などにより加減する)の位置。臼歯部は齦頬移行部、第一大臼歯歯根先相当部より約17mm(患者さんの性別年齢体格などにより加減する)。

(3)下顎咬合床の製作

前歯部の高さは齦頬移行部、中切歯歯根先相当部より約16mm(患者さんの性別年齢体格などにより加減する)の位置。臼歯部は臼後三角二分の一の高さで製作する。

fig.6(咬合床製作工程)

(4)少数歯欠損の場合 

残存歯群のファセットをよく観察し、それらが最大限嵌合する位置にて作製する。鉤歯になるであろう歯牙には必ず基礎床より派生した簡易的クラスプ様の維持部を付与しておく(fig.7)。作業効率を考えるとこの時点の完成クラスプの付与は避けたい。

fig.7(クラスプ一体型レジン仮床)

咬合器装着 

この工程において、先ずすべきことは咬合採得を終えた咬合床の内面に溶けて流れたパラフィンワックスが付着してないかを確認することである。この作業を怠り、浮き上がったまま咬合器装着をしてしまうと結果的に咬合高径の高い義歯になってしまう。この事態は極力避けなければならない、担当医の決定した顎位の再現は我々の最も重要な責務である。

使用する咬合器は切歯指導釘が付属された平均値咬合器が望ましい。

作業模型基底面にリマウント用の浅い溝を4本掘り、基底面中央部以外に分離材を塗布しておく。正面観において、咬合採得後の咬合床前歯部に描記された正中線と上顎模型基底面を直交するように調整する。低膨張のマウントに特化した石膏を使用し、片顎づつ既定の混水比を厳守して装着する。下顎模型装着時の石膏が確実に硬化してから上顎模型を装着する。この際、上顎模型の基底面に描記した正中線と咬合器の正中を一致させる(fig.8)。矢状面観においては、咬合器の上弓と模型の基底面を平行に設置する(fig.9)。

fig.8(模型と咬合器の正中を一致させる)
fig.9(上顎模型基底面と咬合器上弓を平行に)

維持装置製作 

(1)粘膜面リリーフ 

義歯床と維持装置の必要な維持を図るため、該当部分に歯科鋳造用シートワックス(ジーシーシートワックス#22、株式会社ジーシー)にてリリーフを行う。

fig.10(リリーフからレジン仮床をワックスに置換まで)

(2)屈曲法による大連結子及びクラスプの製作

昨今の金銀パラジウム金の価格高騰や我々歯科技工士の負担軽減等考慮し担当医との協議の結果、保険の義歯の場合、極力鋳造による製作は回避し維持装置の作製は歯科用コバルト・クロム合金線を用いた屈曲法を採用する。

先ずは大連結子を屈曲する。その後頬側腕のみ1.0mmのコバルトワイヤーを屈曲する。その際、大連結子とクラスプの脚はスポットウェルダーにて本加着する。この際蝋着はしない、床用レジン填入の際にその注入圧に負けずに維持できれば十分なので本加着のみで充分である。舌側並び口蓋側はサベイラインより若干上寄りにレジンアップを施す、この部分が沈下に抵抗すると考えている。レストは咬合に干渉する場合が多いので極力設置しない。

レジン仮床をワックスに置換

担当医が自身の咬合採得に再現性があると確信している場合は、仮床試適は行わず即仕上げとなる。従って維持装置完成後はレジン仮床をワックスに置換し人工歯配列の準備に取り掛かる。当技工所の場合、上下総義歯をはじめほぼ仮床試適は行われない。それほど咬合採得に担当医が力を注ぎ込み、咬合床製作に担当技工士が取り組んでいるのである。

Fig.11(レジン仮床をワックスに置換と同時に平面を整える)

この工程は模擬人工歯排列となる、この時点で上下顎間に与えられた空間に対し、どのような咬合を構築するのかを思案する。この際に心掛けるのは熱収縮による変形の補正である。大量のパラフィンワックスを操作するのでどうしても変形(引かれる)が生じる(fig.12)。これをそのままにしないで確実にステップごとに補正して与えられた咬合高径を厳守する。

fig.12(充分収縮させてから修正する)

この作業の最大の目的は、咬合平面の明確化と舌房の確保である。時折、当技工所に回ってくる他社製義歯の模型を観ると総じて咬合平面が乱れ歯列弓が狭いケースが多いと感じる。十分な舌の稼働範囲を確保するように心がけて、人工歯の排列位置を決定する。

人工歯排列 

(1)前歯部 

基準は咬合採得済みの咬合床上顎前歯部である。正中、切縁のライン等担当医の決定した基準を遵守しレジン仮床をワックスに置換した際に明確化した咬合平面を維持する。これを再現した上顎前歯部に対し適切な被蓋量(垂直、水平)を付与した位置に下顎前歯を排列する。

(2)臼歯部

排列に先立ちスムーズな顎運動を妨げる人工歯の部位を予め削合しておく。下顎を後退させてしまう部位や側方運動時に早期接触となりうる部位である(fig.13)。

fig.13(マークした箇所が事前削合部位)

基準は下顎を重視し、パウンドラインは必ず確認する。正常被蓋を付与した場合、舌房が狭くなるようであれば迷わず交差咬合排列を選択する。舌の居心地が何よりも重要だと考える。これを無視するとその義歯は即座に押し入れ、引き出し、ポケット行きになるであろう。咬合接触点は可能な限り咬頭嵌合位において機能咬頭内斜面で、上顎は近心斜面、下顎は遠心斜面にに設定する。

(3)早期接触の削除

一通り排列が終わったら、必ず前方、側方、その中間の顎運動を咬合器上で行う。この際、出現する早期接触部位は確実に削除する。この時点で完成寸前まで咬合を詰めておくことが義歯治療成功への大切なステップだと日々痛感している。

歯肉形成 

(1)前歯部

前歯部唇側のみ歯頚線の彫刻をする(fig.14)。下顎前歯舌側歯頚部に棚を設けて舌尖の落ち着き所を確保する。

fig.14

(2)臼歯部

前歯部唇側のみ歯頚線の彫刻をする、臼歯部はシームレスに仕上げ食渣の停滞を防止する(fig.15)。口蓋側は左右対称を心掛け、歯頚線口蓋皺壁は基本的に付与しない(fig.16)。

fig.15(臼歯部歯頚線部シームレス処理)
fig.16(口蓋部左右対称に形成)

舌体側面相当部は特に抉るような形態にして舌のスペースを確保する。第2大臼歯遠心部と臼後三角の間は窪ませない(fig.17)、上顎最後臼歯の干渉にならいぎりぎりの高さで形成する。この部分が窪んでいると咀嚼中に食渣が舌側より頬側に出てしまう可能性がある。

fig.17(下顎後縁部の処理、窪ませない)

埋没、脱蝋、DSデンチャーシステムSクラスにて精密重合

(1)埋没

DSデンチャーシステムSクラス専用の金属製フラスコを使用し、専用埋没用石膏にて埋没する。この時も既定の混水比は厳守で操作する。

(2)脱蝋

沸騰した大鍋でフラスコを5分間加熱後取り出して2分間放置、その後開輪。

半熔解のワックスを塊で取り出し、混和するレジン量の目安にする。この際に上輪に付着している人工歯は基本的に全て離脱させる。数を確認し人工歯のみで確実に脱蝋する。上下輪の石膏表面に確実にレジン分離材を塗布し乾燥後人工歯を所定の位置に戻し瞬間接着剤で固定する。この際、前歯は唇側面に臼歯部は非機能咬頭頂に僅かの量を使用する。維持溝は不要である。この方法に到達以降は「赤い人工歯」は出現していないし、人工歯脱離の修理もほぼ皆無である。

(3)DSデンチャーシステムSクラスにて精密重合 

当システムはレジン注入孔のある人工歯側の上輪と模型側の下輪をそれぞれ別の温度に加温してから餅状の加熱重合型レジンを空気圧で注入する仕組みである。60度に加温された上輪の注入孔を通過する際餅状レジンが最大のフロー状態になり100度近くまで加温された下輪の模型粘膜面へと一気に注入される。初期重合が完了するまでの5分間は填入用シリンジが継続的に加圧され、重合収縮分を補填し続ける。この一連の精密重合作業により、苦労して構築した咬合関係の変形が最小限に抑えられる。

fig.18(DSデンチャシステムSクラス)

掘り出し、リマウント、咬合調整

(1)掘り出し

重合後10分間放冷後、流水下で冷却。DSデンチャーシステムSクラス専用の埋没用石膏は吸水させると非常に柔らかくなるので掘り出しは容易である。

(2)リマウント、咬合調整

DSデンチャーシステムSクラスで重合した場合その変形量は極僅かなので上下顎同時重合でもさほど時間をかけずに蝋義歯時の咬合関係を回復できる。咬頭嵌合位、側方運動、前方運動、その中間運動の順で早期接触を除去し調整を終える。院内技工士時代はこの後主溝を掘る作業をしていたが、今は過剰サービスになるので自制している。

最終研磨 

歯肉形成時に徹底して面の形成を施してあるので研磨はスムーズに終了する。粘膜面の微細な窪みに入り込んだ石膏もオーディック社製のサンドブラスターは全て除去してくれる。カーバイトバー、ビックポイント、サンドブラスター、レーズにてバフによる砂研磨、バフによるルージュ研磨、これで充分鏡面が得られる。

fig.19(食渣の停滞を惹起させる余計な凹凸は付与しない)

3.結果

再現性のある咬合採得がなされた場合、ハルト式義歯製作法にて製作された義歯は調整量が少なく患者さんに装着され、尚且つ機能する。その結果、歯科技工士は担当医に感謝され、担当医は患者さんに感謝される(fig.20)。

fig.20(セット当日、担当医より戴いたメッセージと義歯の様子)

その製作法は実にシンプルである、ハルト式模型調整法を施した模型を切歯指導釘が付随した平均値咬合器に装着し、前方、側方、その中間運動時に早期接触部がないように自由に動けるような咬合を付与する。側方運動時のガイドは可能であれば犬歯ガイドを付与する。

fig.21(ハルト式模型調整法からセットまで。母の義歯、フードテストの様子は西田歯科技工所のフェイスブックページにて動画公開中)

私は1985年度技工士学校卒業なので、学生時代に顎口腔機能学の授業を受けていない。卒後35年経った2020年に小出馨先生の「顎口腔機能学日技指定研修」を受講した。驚くべきことにその研修内容は市波治人先生が1986年当時私に教えてくださった内容に酷似していた。このことから鑑み、1992年以降技工士学校を卒業された方及び小出馨先生の「顎口腔機能学日技指定研修」を受講された方ならばこの内容は理解していただけるものと確信する。基本に忠実に作業をすれば、無調整で患者さんの口腔内にセットされ、重合後リマウント調整した咬合接触点と、セット時に担当医が口腔内で確認した咬合接触点が一致するはずである。

fig.22(左リマウント調整後・右セット時の口腔内)

4.考察

私が察するに、世にあまたある保険の義歯のすべてがこのような製作法によって作られたならば、我が国が負担している。オーラルフレイルに起因する高齢者の介護費用、その悪化による負担増、これらを軽減できると考える。「前歯でも噛める入れ歯」セミナーの河原英雄先生が実践なされて動画も広く公開されているように、噛めない義歯を噛めるように修正するだけでフレイルが改善されるのは周知の事実である。このことは逆も然りで、咬めない義歯を装着させるということはフレイルを加速させてしまうということである。この事態は一刻も早く修正しなければ近い将来に禍根を残すのは避けられないと考える。

入れ歯治療によって克服された4つの障害

5.おわりに

自費ではないことを理由に機能しない義歯を世に供給する行為は、患者さんを傷つけ更には社会保障費を無駄に使うことになる。これはその負担を負わされる未来ある次世代の若者たちへの犯罪行為に等しい。儲からないから、時間がないから、そう言い訳して不良補綴装置を世に供給している者たちは即刻離職すべきである。私の知り合いには保険でまっとうな義歯を製作している歯科技工士はたくさん存在する。ほとんどの方はまっとうな技工料金で成立されている。できる方のみで今後はやっていけばよいと考える。そうすれば、やりがいある仕事を成し生計も成り立つ。そんな業界ならばやってみたいという次世代は必ず存在すると信じる。「利益追求より社会貢献」というデジタルネイティブから生まれた、「ビジョンハッカー」に代表される価値観を有した次世代には、我々の行っている喪失された人体の一部を再構築するという貴い仕事が間違いなく響くと確信する。

「ビジョンハッカー〜世界をアップデートする若者たち〜」

謝辞 

今回の論文掲載に際して、症例提供して戴いた「なかい歯科クリニック」の中井孝佳先生、「おおかめ歯 科クリニック」の大亀泰久先生、動画の紹介を許可して戴いた河原英雄先生、歯科技工士会グループ“コネクト”管理者の佐野隆一先生、わが師市波治人先生にこころより感謝申し上げます。

参考文献 

斎藤 幸平:人新世の「資本論」
出版社:株式会社集英社
発行者:樋口尚也
2020年発行

一覧に戻る

ARCHIVE

CONTACT

入歯に関するお悩み
お気軽にご相談ください

県外の方もご遠慮なくご相談ください

お電話からの
ご相談はこちら

0597-37-4155